イザベラバードの新潟
イザベラ・バード『日本、未踏の道』より抜粋
Unbeaten Tracks in Japan (1885)
Isabella L. Bird (1831-1904)
「手紙、第16通」
新潟、7月9日
(・・・)しかし新潟というのはかっこいい、栄えている街で、五万人が居住している。そして人口百五十万人の富裕地域「越後」の首都である。地域全体の長である「県令」がいて、最高裁判所があり、立派な学校があり、病院があり、基地がある。
ただ、こんなに特別扱いの町に、カレッジに指定される資格のある学校がある。つまりそこには中等、初等、尋常の各学校、イギリス人とアメリカ人の教師で構成される生徒数150人の英語学校、工科学校、地質学博物館、豊富な機材を備えた研究所、最新かつ最高評価の科学および教育機器がある。
役所の建物は、フィソン氏の建物に近いところに集まっている。彩色を施した白木造りで、堂々としている。その大きさと、数えきれないほどのガラス窓のせいである。
(・・・)政治の中心としての新潟には、西洋的な方向への進歩のしるしが見られるが、その姿にはまったく魅力がない。
これは、真に日本的な新潟というものと、比較してのことなのだ。それは最高にきちんとしていて、清潔で、みるからに居心地の良さそうな街である。こんな街は見たことがない。さらに外国人居住地のごたごたした感じとは完全に無縁だ。よく知られているのが美しいお茶屋さんで、遠くから訪れる人々を魅了する。それから劇場も有名で、息抜きと楽しみの中心であり、広域的な集客力を持っている。
美しすぎるほどに清潔である。日光にいた時と同じで、わたしはその入念に掃き清められた道にブーツの泥を付けるのが、どうにも申し訳なかった。
エディンバラの諸庁には良いお手本になるかもしれない。何か落ちている麦わら、棒、紙などのかけらは全て、すぐに標的となり除去される。屑物の類は一瞬でも通りに姿を見せない。例外はふたをした箱かバケツの中だけである。
街は正方形の区画にきっちりと分かれていて、一キロを超える五つの大通りで出来上がっている。そこに無数の小さな通りが交差する。さらに水路が横切る。そしてこれが事実上の道路なのである。私は通りで馬が荷物を運んでいるのを、一度も見たことがなかった。全てが舟で入ってくるのだ。街にあるほとんどの家は、その出入り口にごく近い水路によって物資を届けられている。
水の道路は一日中繁忙しているが、特に朝の早い時間には青果を積んだ船が入ってくる。ここの人々はそれなしでは一日でも生きてゆくことはできず、その殷賑を文章にすることは不可能だ。キュウリの船がちょうどいま目の前にある。すごい眺めだ。
水路は当たり前に、通りの真ん中にあり、十分な幅の車道を両側にそなえている。通りからはかなり低いところにあり、ほぼ垂直の壁面がきっちりと木材で覆われていて、飛び飛びの間隔で階段が設けられている。
その際には木が植えられており、その中には沢山のシダレヤナギが見られる。そしてその間を川が流れてゆくわけなので、じつに愛らしい姿が保たれている。さらに短い間隔で小橋につきあたる。新潟にしかない、本当に魅力的な光景なのだ。

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